ワーホリ学生Maggie in オーストラリア 

パリピと陰キャのハーフが法政大学を1年休学してワーホリに来たはなし

人生は仮説の寄せ集めなんじゃないか

こんばんは!

 

 

久しく更新してないんだけど、生きてます。

 

 

 

相変わらずなんだか忙しく、、

 

 

 

あとは、アイディアをまとめてる期間でした。

 

 

 

えっとー、今日おもったんだけど、

 

人生って仮説の寄せ集めなのかも、って。

 

 

わたしは、最近オーストラリアでのこのツアーガイド(という名の肉体労働)としての仕事内容にあまり充実してなくて。

 

 

問いの設定にめちゃくちゃ苦戦してるんだよね。

 

 

来てからずっとなんだけど。

 

 

具体的に言うと、自分の仕事に対して、自分じゃなきゃいけない理由がどうしても見つけられなくてとても苦しい状況。

 

 

ずっと、打破できなくて、、

 

 

ただ体だけが動いているようで(脳みそが止まってるみたいで)、苦痛なんですよ。

 

 

本当にお金を貯めるだけに働いているのか、と。

 

 

 

ただ、そんな中でも人と接しているうちは発見することは色々ありまして、、

 

 

 

お客さんと接しているうちに、面白いって思ったり、イライラしたり、

 

自分の感情が動いた瞬間の理由を考えてみると、新しい自分が発見できるわけですね。

 

 

そして、理由を探す、という作業は具体から抽象に絞る作業でもあり、

 

 

例えばね、わたしは、お客さんに対してイライラする瞬間がたまにあります。(話を聞いてないとか、携帯忘れるとか、ありえなく無い?!みたいな事態)

 

 

で、そこからなんでイライラするんだろう?って考えたら、

 

当事者意識がない人と時間を共有することがストレスなのかも、と原因が抽象化されて。(説明がめんどくさいから、この発見へのプロセスはいまは省きます)

 

 

抽象化されるということは、その事象が敷衍してほかの事象にも当てはまるということだよね。

 

実際、塾の講師をしてる時も、 宿題やってこない生徒とか全然可愛がらなかったし(当事者意識が欠如してて、面倒見たいと思わなかったから)

 

 

 

で、改めて仮定を立ててみる。

 

 

じゃあ、これをしたら、もしくはしなかったら自分はどう思うんだろう?って。

 

 

それを行動に移す。

 

 

以下ループです。

 

 

そんな感じで、仮定→内省→発見→改善という、まあわかりやすく言えばPDCAを回しまくることですね。

 

 

常に仮定の検証をするのが人生なのかも、と。

 

 

PDCAと言ってしまうと、なんかハイハイ、PDCAとか言う被れた大学生最近よく居るよね、って思うんだけど、

 

 

自分なりの言葉に置き換えると、やっぱり仮定の設定がとても大事なんだよね。

 

 

ということに最近気付いた。

 

 

 

こうやって、自分の''好き''を洗練させていくんだ、って。

 

 

で、いまは、仮定を色々とみつけて、自分を試したい段階になっております。

 

 

それなのに、ここに留まって、

 

まあお金貯めなきゃ行けないから頑張るけど、、

 

 

それがもどかしいという話です。

 

ここでどうやって仮定の検証が出来るんだろうって、分からなくてモヤモヤしてる感じ。

 

なにか起爆剤が欲しい。

 

 

 

という思春期のお悩みでした。

 

おやすみ

 

 


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こうしてアイディアを絞って繋げていくわけですね。